年初から相場が荒れている。しかし、相場がどんなに荒れていても毎月給料日になればお給料が口座に振り込まれる。こんな当たり前のことが如何にありがたいことなのか、気づかせてくれたブログに最近出会った。
特にこのエントリーでブログ主の言っている事は心に響く。
マルサ)
地震だろうが、津波だろうが、それに備えて大半の人はリスクヘッジをしている。
この世の中で最もリスクの少ない投資は、給与所得による収益を得ることだ。
いかなる天変地異にも対処できる可能性が高いのだ。
給与所得を担保にすると、背負えるリスクがぐっと高まる。
それによって、負債の計画を立てていくのだ。
投資とはその中にあるもので、それもできていないのなら、
こいつのやっていることは人生のギャンブルでしかないのだ。
人生がギャンブルであってはならない。
時間的に変化する自分への投資でなくてはならない。
リスクのヘッジも、高収益へのチャレンジも、すべては綿密に計画した
自己責任の行動でなくてはならない。
このブログを見る者たちよ、括目せよ!!これが無職生活の実態なのだ!
社会は常に生産性に対して評価をする。
その評価は「羨望」ではなく「賞賛」なのだ!
このブログを見ていて、
「私は給与所得を捨て、不労所得で本当に生活したいのか?」
と自問するようになった。未だ答えは出ていないが、即答できない時点で ”本気” ではないだろう。「本気」で不労所得で生活することを目指していれば信用取り引きやFX、不動産投資などあらゆる手段を本気で検討・勉強しているだろう。
しかし、私はそれらを「怖い」「めんどう」という感情で排し、仕組みを学ぶ事すら避けている。少なくとも、私の思う本気の行動を私自身はできていない。
とすれば私の目指しているは何か?
不労所得で生活する事を目指すフリ、というところだろうか。しかし、嘘本気の行動で損をするのは何とも割に合わない。
預金していればノーリスクであるのに、市場にお金をリスクにさらしてリターンを得ようとする理由はなにか。それは収入源を複数確保する為だ。会社都合や病気で勤める事ができなくなるかもしれない。失業したとき、収入を得る為に再就職するしか道が残されていないのと、そうでないのとでは大違いだ。
ただ、ブログを読んで投資はあくまでも「副」で、サラリーマンとして稼ぐ事が「主」であることをゆめゆめ忘れてはならないと認識させられた。