元ITインフラ系エンジニアの日記

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『戦後経済史は嘘ばかり』(高橋洋一著)

戦後経済史を実務を行った人の視点で振り返る

戦後経済史は嘘ばかり (PHP新書)

戦後経済史は嘘ばかり (PHP新書)

本書を執筆した高橋氏はデータ分析・統計から導きだされた結果を基にこれまで・これからの経済を語る。そのため、過去の事例についてはモデル化されていて理解しやすく、将来の予測については定量的で説得力があり、打率も良い日本では希有なまともな経済学者である。

巷に広がる怪しい経済学

以前、岩田規久男氏(現在は日銀副総裁)の『経済学的思考のすすめ』という本に、日本には経済学として体系化されていない「怪しい」経済学者が何食わぬ顔でテレビやラジオに出演し、新聞に寄稿していると書かれていた。本書で高橋氏が書きたかった事はまさにそうした「怪しい」経済学者が流布し、今では「常識」となってしまった経済学、経済史に対して
「それは違うぞ」
と言う事だ。
『経済学的思考のすすめ』において「怪しい」経済学が氾濫する理由としては、

  • 身近な事例を積み上げて論じられる(帰納法)から何となく納得してしまう。

というものが挙げられていた。高橋氏によると、「ミクロを積み上げればマクロになる」とつい思いがちだが、これは物理学でいう「ラプラスの悪魔」という罠にはまっていて、これが社会主義 ー 一部の官僚が策定した計画経済に則っていれば完璧に分配される社会 ー が破たんした理由であるとのこと。

 物理学には、分子の1つひとつの動き全てを運動方程式で記述できれば、世の中の物事が完璧にわかるという「ラプラスの悪魔」という命題があります。頭の中で考えると実現可能であるかのように思えます。
 しかし、現実には計算することが多すぎて、その命題を解くことは実現不可能であることが証明されています。(p129)

また、『経済学的思考のすすめ』においても、マクロ経済学は現実が複雑過ぎて帰納法では導き出すことに限界があるため、「過程、演繹、命題、命題の検証」というプロセスでモデルを作る社会科学である、としている。 私のような文系出身者はどうしてもテレビや新聞で数字がなくても自信満々の顔で
「日本の高度成長は技術革新があったからです!」
「日本はもう成熟社会なので、経済成長はできないのです!」

と言われてしまうと、「う〜ん、そういうもんなのか」ともやもやしつつも明確に反論できずに黙ってしまう。
頭では「経済成長してパイを拡大しないと分配できないから、老人が優位な社会になるんじゃないの?」と思っていても、「じゃあ、どうすれば経済成長できるのか?」という問いに対して明確に答える事ができなかった(今は少しマクロ経済学をかじったのでそこそこ答えられるが…)。

本書はそうした疑問についてもデータと歴史的事実、そして著者の体験した事を合わせて読みやすくまとめられている。

TPPは、アベノミクスはどうなる??

最終章では「TPPも雇用法制も、世間でいわれていることはウソだらけ」として巷に広がる「TPP亡国論」や「アベノミクスはTPPで終身雇用を無くす」といったことに対して反論している。ただ、新書のしかも最終章の一節という分量のため、少し物足りなかった。ただ、著者は経済史やTwitterで情報発信しているので、そちらを見て補完すれば良いだろう。

マクロ経済政策の目的は…

著者はマクロ経済政策の目的をこう述べている。

 マクロ経済政策においては「失業者を減らすこと」が一番重要な目的です。そのほかのミクロのことに関しては、政府は民間の邪魔をせず、余計なことはしないで、民間の人に知恵を絞ってもらえばいいのです。
 日本の経済の歩みをきちんと読み解けば、そういう教訓も間違いなく見い出せます。何が「間違った常識」で、何が「物事を正しく見る眼」なのか、ぜひ歴史から汲み取っていただきたいと思います。

例えば、アベノミクスで自分の給料が上がらないことを政府のせいにしても、それはお門違いということだ。政府は「マクロ」の環境を良くすることができても、あなた(ミクロ)の状況を全て良くすることは出来ない。逆に、マクロが悪ければほとんどのミクロも悪くなるが、それが自分にばかり降り掛かると言うのは認知バイアスというものなのだろう。

最後に

身近な例を取り出して数字で話さない「怪しい」経済学に傾倒することなく、また、過激な日本破たん論に惑わされること無く、データに基づいて現実に起きていることを理解しようとする姿勢が投資をするにしても、家を買うにしても大切になるのだろう。