読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ITインフラ系エンジニアの日記

ITインフラ系エンジニアがITのことや投資のことなどを綴ります。

忙殺

新年度が始まってから仕事に忙殺されている。
そんな中でも電車内では本を読んでいる。ここ数日は『菜根譚』を読んでいる。本は大学生の頃に買い、一度読んでいるのだが、ほとんど内容を忘れていた。ぼんやりと「清貧を説く」ものだったと記憶していたが、だいたいはその通りだった。
誰かの本で、古代中国は「あまり優秀すぎると主人に殺されることが珍しく無い」と書かれていたことを思い出す。すると、「さて、菜根譚は単純に清貧を説いているだけなのだろうか」と疑問が浮かんできた。

話は変わるが、昨年来読んでいる『太平記』において、「天勾践をむなしゅうするなかれ、時に笵蠡なきにしもあらず」という故事を木に刻むシーンがある。これについては以下のWikiに載っている。

范蠡 - Wikipedia

笵蠡は王によく仕えたが、引退して商人となった。太平記ではこれは笵蠡が謙虚な人間であり、臣下が守るべき模範であるとしているが、前述した「あまり優秀すぎると主人に殺される」ことが頭をよぎる。笵蠡はこれ以上手柄を立てると同僚から恨まれ、ある事無い事を王に吹き込まれていつかは失脚(処刑)してしまうだろうと考えたのではないだろうか。

こういう風に考えると、菜根譚に書かれている数々の「清貧を賛美する詩歌」や「中庸が第一」という思想は、けっしてきれいごとではなく真に身を守るために必要な戒めだったのかもしれない。こんな一節もある。

世人は名誉や地位があるのが楽しみであることは知っているが、名誉も地位もない者の方が、もっとも真実な楽しみを持っていることを知らない。また、世人は飢えとこごえで衣食にこと欠くのが憂いであることは知っているが、衣食にこと欠かない富める者の方が、いっそう深刻な憂いを抱いていることを知らない。『菜根譚』(岩谷文庫 今井宇三郎訳 p88)

この一節にある「いっそう深刻な憂い」とはいつ寝首をかかれるかわからないということだろう。当時の中国はなんとも殺伐とした、心ない世界だったのかもしれない。

最近、「清貧ってやっぱり良いね!」なんて思っている人がおめでたい人のように見えるようになった。きっとこれも仕事で心が殺されているからだろう。そういうことにしよう。