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そこそこ混んでいるが、吊り革につかまるくらいのスペースはあった。私は座席の前で吊り革につかまっていた。左隣にはおじさんが、右隣にはおばさんが立っていた。
おばさんはヒールをはき、鞄を右手、上着を左手に持って立っていた。電車がポイント切り替えのところでぐらっと揺れた。おばさんがゆれる。カイジの鉄骨わたりのようにおおきく揺れる。カツンッカツンッ、とヒールの音が鳴り響く。
幸い、ぶつかることはなかった。
おばさんはホッと一息つくと車内広告に目をやった。
(吊り革、つかまないんだ……。そういえば、前に交際した女性も吊り革をつかまなかったな。ヒール履いてるのに、なんでだろ?)
2回目のポイントきりかえ、おばさんはまた揺れた。そして人差し指と親指でそっと吊り革をつまんだ。